誰があなたを護るのか

宇佐市民図書館にリクエストしていた青山繁晴著「誰があなたを護るのかー不安の時代の皇」が届いた。この6月に発刊された新刊本がわずか二週間待ちで読める。本当にありがたい。

多くの人が手に取ってほしい!

以下の著者のまえがきが全てをかたっている!

裸の姿を見よ まえがきにかえて

(裸は日本及び私自身を含む日本人。もっとも、隣国に魂を売った日本人を私は日本人には加えない。)

 

拉致されたまま人生を根こそぎ奪われた同胞を四五年近く放置する日本の、どこが国家なのか。国家の目的は、最終的には唯ひとつしかない。国民を護ることだ。

ただ一度、戦争に負けただけで、それができなくなっている国と社会に、わたしたちは今、住んでいる。

わたしは国会議員である前に、ひとりの物書きだ。そのささやかな信念のひとつと して、たとえ話はなるべく慎むようにしている。わかりやすいようでいて、ただのすり替えや誇張になることがあるからだ。しかし、日本国が国では無くなっていることについては、たとえ話もせざるを得ない。

あなたが社会に出て、すこし時間の経ったときに、遠い町に住む身体の大きな男と、不幸なことに、しなくても良い喧嘩になったとする。あなたは、まだ幼稚園生 のときから喧嘩が強かった。それも気持ちの中にあっただろう。

最初は口喧嘩だが、殴り合いになってしまって、最後に大男はなんと、長く太い釘を刺した角材で、あなたの柔らかな腹を二度、ひどく打ちつけるという禁じ手を使った。それは八月の六日と九日のことだった。あなたは命の危機に瀕して、その夏、生まれて初めて負けを認めた。

するとあなたは、ひとが一変してしまった。

ふだん何も無い時には、それが分からない。

ところが隣の小さな家から他人が土足であなたの家に踏み込んで、新婚まもない妻が産んだ赤ちゃんを奪っていったら、すぐ隣なのにあなたは「返してください、お願いですから」と外から言うだけで何もしない。

それを見たもっと大きな隣家は、あなたの家の庭を突然、「この土地は昔から俺のものだった」と宣し、あなたがそれでも黙っていると、やがて庭に勝手に入り込むようになり、それでもなおあなたが黙っていると、遂に今では、武器を手に、玄関の中にまで入り込むようになった。しかし今なお、あなたは黙っている。

このふたりの隣人に聞こえるか聞こえないか分からない小さな声で苦情を呟くだけで、実際は黙っているのと変わらない。

そして赤ちゃんは隣の小さな家に囚われたまま、実に四五年近くが過ぎた。その家の中であなたの赤ちゃんが何をされてきたのか、どのような人生を送っているのか、 食事はまともに与えられているのか、今は武漢熱に冒されていないのか、何も分から ない。教えてもらえない。あなたはそれでも「喧嘩だけはしちゃいけない。あの夏を 思い出せ。 命は宝だ。 だから喧嘩は二度としちゃいけない」と言い続け、毎年、初めて喧嘩に負けた日にはとりわけ、それを大きな声で叫ぶ。 その後に妻が産んだ子供たちは、あなたのその叫びに慣れて育ったから、家の奥から「そうだ、喧嘩だけはしちゃいけない」と言う。

あなたはもはや、庭にある大木、ご先祖が遺してくれた木に実る果実を採ることもできない。

このあなたが日本国である。

単なるたとえ話ではなく、寓話と思っていただけるだろうか。

奪われた赤ちゃんが拉致被害者、庭から玄関先が尖閣諸島なの言うまでもない。 わたしたちと何も変わらない、罪の一切ない横田めぐみさんや有本恵子さん、田中実さんら同胞がすぐ隣国の北朝鮮にいらっしゃることを、時の内閣総理大臣みずから平壌で確認しながら、北朝鮮が勝手に決めた五人を一時だけ帰国することを総理が呑 んだ。

国民の憤激で、五人がもう一度、北朝鮮に戻されることだけは無くて済んだ。しかし取り残された、数も分からない、一〇〇人を超えている恐れのある日本国民は、そのままだ。

もう一度、わたしたち自身に問う。これが国なのか。

いや国ではない。

わたしたちの多くが生まれる前の西暦一九四五年、昭和二〇年夏に日本が初めて体験した敗戦、そこからずっと変わらず日本は国を喪ったままである。

民は国無くして生きられない。

亡国の民がわたしたちである。

わたし自身を含め、日本人はありのままの、裸のおのれの姿を見るべきときが来ている。

なぜか。

拉致被害者を全員、助け出さねば、そのご両親も被害者本人も、みな命尽きてしまう。

そして、それだけではない。

実はこの亡国にも、ひとつだけ、たったひとつだけ敗戦でも喪わなかったものがある。

それは国の根っこである。

日本国の根っことは何か。

天皇陛下の変わらない存在だ。 なぜ陛下が根っこか。

古代の仁徳天皇が「民の台所から炊事の煙が上がらないのなら、税をとるのをやめる」と御自ら宣せられ、粗末な食事や、衣服が着古したままになること、あるいは天井の破れに耐えられた。真っ先にわたくしごごろ、私心を捨てられ、ひとのために生 はりつけ きられた。 ひとのために磔になられたイエスと変わらない。世界に通じる、その普遍的な理念を体現される生き方のまま、実に一二六代にわたって続いている。それが日 本の天皇陛下だ。

一二六代、続いてきたことを、皇位の継承と呼ぶ。

この日本の最後の至宝を、いま、壊そうという動きがある。

先に「時の内閣総理大臣が拉致被害者のうちたった五人だけ、それも仮の帰国、すぐに北朝鮮に連れ戻されることを呑んだ」と記した。これは自由民主党の小泉純一郎 総理(当時)である。その小泉総理が在任のとき、官僚の言うままに有識者会議なるものを開いて「女性天皇のみならず、女系天皇も容認する」という意見をまとめた。

だが、わたしたち日本国民は誰ひとり、義務教育で「女性天皇と女系天皇はどう違うか」を教わったことがない。義務教育どころか、大学まで勉強を続けても、皇學館大学といった特別の大学のほかは一切教えない。

わたし自身、慶應義塾大学と早稲田大学、ふたつの大学で学びながら一度たりとも聴いたことも見たことも無い。

わたしが女性天皇と女系天皇の大きな違い、いや大きい小さいの問題ではない、致 命的な違いを知ったのは、仕事のために海外を回るようになってからだ。

日本以外の諸国の王室は、イギリスをはじめ女系、正確に言えば母系の皇位継承も行っている。だから王朝が変わる。イギリスならエリザベスⅡ世の現王朝はウインザー朝で、そ

の前はハノーヴァー朝、その前はスチュアート朝とどんどん変わっている。これは日本なら、天皇家ではない天皇陛下が即位されることに当たる。たとえば皇族の女子が 中国人とご成婚されて、その御子の即位を認めるのなら、この中国人の家系の天皇陛下の誕生である。

これが女系、正しくは母系だ(この母系を、より学問的に正確に言うなら、皇統以

しかし天皇陛下を父に持つ女性がそのまま即位されるのなら、皇統、すなわち天皇陛下の歴代の繋がりは変わらない。

これが男系、正しくは父系である。

ただし、その女性天皇は、独身を貫かれるか、御子をお産みにならないかを求められる。なぜなら、ご成婚されたり、出産をなされると、前述の母系への転換が起きる 可能性が出てくるからだ。

これはあくまで日本の根っこを変えない場合である。根っこを変えてもいいのなら、 女性天皇が女系天皇、正しくは母系天皇に繋がることも許される。

したがって現代においては、女性天皇が即位された場合、日本国民が「女性の陛下に結婚も出産もなさるなという無理なことをお求めするか、日本の根っこをみずから捨てるか」という不毛の選択を迫られることになりかねない。

事実、日本の初めての女性天皇陛下であった推古天皇をはじめ、女性天皇は誰ひとり、即位後は結婚なさらなかった。御子をお産みになった女性天皇もいらっしゃらない。

推古天皇の名を受験勉強で覚えている日本人は、そう少なくないだろう。 しかし、ここに短く記した意味を教えてもらった日本人は、ほとんどいない。

そして小泉政権時代のとんでもない誤り、日本が最終的に国を喪うことに直結しかねないことを、立法府の国会は「附帯決議」で再び、復活させたのだった。

法律が成立するとき、主として野党の求めによって、法律の条文とは別に「決議」 を付けることがある。そこに、通らなかった野党の要求、考えの入ることが多い。強制力はないが、政権には、その要求を考慮する努力義務が生じる。

平成三一年、西暦で言えば二〇一九年、今上陛下(当時)はご譲位をされて、上皇陛下となられた。そのご譲位を定めた特例法に、この附帯決議が委員会段階で付けられ、そのなかに「女性宮家の創設」という言葉がある。

これまで日本の永い歴史に無かった女性宮家を創設」するならば、それこそ、女性天皇ではなく女系天皇に道を開く手立てだ。

しかしこれも日本国民で正確に分かるひとは、極めて稀にしかいない。国民のせい 教えない国のせいである。

このままでは、日本人は分からないまま、日本が国であるための最期の拠り所まで 喪ってしまうだろう。

逆に言えば、この拠り所さえ護り抜けば、国として甦る日がきっと来る。 作家であるわたしは今、縁あって、立法府に居る。まつりごと、政に携わるだけで はなく、もの書きとしても立つ。立たずにはいられない。

 

解説部